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「大丈夫!死ぬわけじゃないんだから。」

ってよく言うけど、死ぬわけだったらどうすればいいのだろうか。

お父さんがもう治らない病気であること、余命短いことを知ったときそう思った。


どんな会話の流れだったか忘れたのだけれど、弟と話している時に自分から出てきた言葉にはっとした。

「お父さんならさ『俺は大丈夫だ!死んだって大丈夫なんだ!!』とか言いそうだよね。」

そう、死んだって大丈夫。

そもそも死ぬことの何が大丈夫じゃないんだろう。


死んでしまってもう会えないのはさみしいけど。

お父さんが死んだ次の日は来て、わたしはこうして生きている。

大丈夫じゃないってなんだろう。


わたしは前、有名な大企業に正社員として勤めていて、東京のオートロックのデザイナーズマンションに住んでいた。

子供が生まれても育休・時短制度を使って産後復帰するのも当たり前という風潮の会社で、実際育児と仕事を両立している先輩もいた。

安定した大企業に正社員で勤めていて、結婚・出産してからも仕事を続けられる環境があって、実際そうしているロールモデルも身近にいる。

なんて恵まれた環境なんだろう。


けれどわたしは全然大丈夫なんかじゃなかった。

その先の結婚や出産や子育てや親の介護や自分の老後を考えると全然大丈夫だなんて思えなかった。

貯めても貯めてもお金が足りない気がした。

がんばってもがんばっても一日が24時間では仕事と睡眠と最低限の家事、それしかできず、時間が足りなかった。

やってもやっても一日の大半を費やす仕事は楽しいと思うことができなかった。


誰かが言った。

「生きていくためには嫌な事でも楽しくない事でも我慢してやってお金を稼がないといけないんだよ。」

「生きていくためには。」

なら死んでしまっていいから好きな事・楽しい事がしたい。

嫌な事・楽しくない事だけの人生なら、もう生きていなくていい。

そう思った時から何かがひらけた。


わたしは今、世間ではニートと呼ばれる立場だ。

31歳で、実家のようなところにとりあえずいるけど、自分名義の不動産じゃないし、親に追い出されればそれまでだ。

お父さんも死んだ。

けれど、わたしはあの時と比べると大丈夫なのだ。

長年の大丈夫じゃないクセがたたって、たまに大丈夫じゃなくなることもあるけれど。

それでも、あの時と比べると大丈夫な気持ちだ。


大丈夫ってなんだろうね?

大丈夫じゃないってなんだろうね?